Sunday, February 26, 2012

私の国の言葉:韓国語を作った人


言語を作るのも技術でしょう? だから今日私がよく知っている韓国語を作った人について書きます。 昔々ソージョーンという英邁な王様がいました。 十五代で韓国の人は書くときまだ漢字を使ったからほとんどの普通の人たちは読めなくて書けませんでした。 ソージョーン様がこの問題をきづいて今代韓国語で使うアルファベットを作りました。 実際にソージョーン様だけじゃなくて色々な人も韓国語の発達に資すりました。 このアルファベットは表音字母でもっと便利でした。 ソージョーン様が韓国語を口と舌のムーブメントを勉強した後で作ったから話す時人間の自然なムーブメントです。 だから韓国語は本当に読みやすくて習いやすいです。 皆さん将来にどんな言語が発達すると思いますか?

言語の経験


今日は私の言語の経験について話します。 言語のけいけんっていうのははじめて話した時から今まで習った言語を説明するのです。 まず1993年に生まれて一歳に初めての言葉を話しました。 とくにどんな言葉を言ったか分からないけれど韓国語の言葉だった(たぶん父や母だと思います。)そしてアメリカに住んでいたけれど韓国語だけ使いました。 でも幼稚園に入園した時英語をもっと使うようになりました。 そして次の年家族が韓国人があまりいない町に引っ越しました。 私の韓国語はどんどん弱くなって小学校の三年生になってあまり出来なくなりました。 その後でスペイン語も習いました。 でもちょっと難しくてあまり好きじゃなかったから航行に入る時スペイン語をやめて日本語を勉強するようになりました。 中国語はたぶんもっと便利だけれど私は日本語がもっと好きだから大丈夫です。 今年で日本語を始めてから五年になります。 皆さんの言語の言語の経験は何ですか?

一番好きなマンガ家


こんいちは、今日私の好きなマンガ家について話します。 皆さん、マンガ家っていう職業を知っていますか? 英語でCartoonistやManga Artistという職業です。 そして私が一番好きなマンガ家は安達 充先生です。 安達先生は1951年の二月の九日に生まれました。 高校卒業した一年後始めにデビューしました。
 
1981年以前人気があまりなかったけれど「Touch」というマンガが1981年から1986年まで少年サンデーという雑誌にのっていました、その後で有名なマンガ家になりました。 安達先生のマンガはロマンチックコメディとスポーツ、特に野球で有名でTouchはそんなマンガでした。 Touchの後で色々なマンガも作ってH2とかクロスゲームとかラフなどまだとてもにんきがあります。 例えば最近2009年に有名な「Shogakukan Manga Award」というものをもらいました。

安達先生のマンガは私が好きなマンガの一つだけれどほかのマンガより何回も読みました。 話は深くても絵が簡単で何か読みやすいです。 安達先生についてもっと話したいけれどたぶん三分過ぎるからこれで終わります。

Thursday, February 16, 2012

甲子園


こんにちは皆さん。 今日野球について話します。 皆さん野球っていうスポーツを知っていますか? 英語でBaseballという意味です。 スポーツが女の人だったら野球は僕の初恋でした。 野球はアメリカで作られたけどほかの国でも人気があるようになりました。 そしてアメリカの外でたぶん日本は野球で一番有名だと思います。
 
日本の野球の歴史も面白いけど僕はもっと最近のことについて話します。 甲子園というのを知っていますか? 高校の野球で一番有名で阪神タイガースの球場でするトーナメントです。 一年で二回します。 これは春と夏の甲子園です。 甲子園というのはせかいでそんなに有名じゃないけど日本でとても大切なことです。 マンガの中でもとても大切なことです。 H2とかMajorとかクロスゲームとか野球のマンガの中で甲子園は一番大切な目的です。 もちろんほかのことについて書いてあることあるけど野球のマンガのなかでほとんどはそういうことです
 
今までは甲子園は世界であまり人気がないけど外国での興味が増えます。 日本野球のプロは松井 さんとか鈴木さんとか野茂 さんとかアメリカに来てスターになるからほかのチームも 「あ。。僕たちもマリナーズのように一路さんのような選手を探したい」と思って日本の若い選手をもっとみとめます。 野球について話とき話したいことは多すぎてこれで終わります。 次の時に野球の歴史について話すかもしれません。